とり子の楽観主義

オプティミストを目指すとり子の雑記ブログ。

コンフォートゾーンは忌むべきもの?抜け出さないと成長できない?

コンフォートゾーン

ビジネス系の自己啓発本なんかを読んでいると、よく目にする言葉に「コンフォートゾーン」というものがあります。

「安全領域」という意味で、具体的にはストレスや不安等少なく過ごせる環境を指します。

この言葉は大抵の場合、「コンフォートゾーンにいては成長できない」といった、その領域から脱することを促す文脈で使われます。

今回は、このコンフォートゾーンについて考えたいと思います。

 

 

コンフォートゾーンにいるとはどういう状態?

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今いる環境に慣れている

冒頭で少し説明しましたが、コンフォートゾーンとはストレスや不安等が少ない状態、いわば「慣れている環境」のことを指します。

何かに挑戦しているとき等は、このコンフォートゾーンを飛び出して自分の領域を広げようとしている時なので、ストレスを感じやすいです。

 

これは、出世や異動等をイメージすると分かりやすいと思います。

環境が変わり、学ぶことが多い、これまでのスキルだけでは足りない、人間関係を新たに構築しなくてはならない等、ストレスの要因は容易に見つかります。

 

一方で、変化が少ない(変化を起こさない)と、今いる環境のままで過ごすことになり、快適ですが「ぬるま湯に浸かる」と言われるような状況であるとも言えます。

 

コンフォートゾーンを抜け出すことが促される理由

先ほど出世や異動の例を挙げましたが、これらの状況はストレスが多いだけでなく、後から思えば「良い経験になった」と感じられることも多いと思います。

自分が適応できる範囲を増やしていくわけですから、それがいわゆる「成長」ということになります。

なので、「コンフォートゾーンを抜けなければ成長できない」というのは、とてもシンプルな理論で、特に否定することはできません。

 

人は成長すべきなのか?

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成長しないといけないって誰が決めた?

私がこの言葉を見るときに感じてしまうのは、「成長しないといけないの?」ということです。

 

もちろん、何か目標があって、それに向かって努力し、望む方向に進んでいくことは素晴らしいことだと思います。私もそうやって努力してきたことがありましたし、その結果良い経験もできました。

 

ですが、もし今の状況が快適であるなら、無理に変えようとしなくても良いんじゃないんでしょうか。

むしろその快適な状況に感謝するべきでは?

 

私がこう感じるのは、現代社会では頑張りすぎて疲弊する人があまりにも多いからです。

自分にとって楽な状況を「現状に甘んじる」と考えるとネガティブな意味になりますが、「現状に感謝する」という考え方ができていれば、日々の幸福度は確実に上がると思います。

要は、あなたのマインドセット(考え方)次第です。

 

頑張っていることは美徳?

世間には「頑張っていることは美徳」「成長することは美徳」という風潮があるように思います。

これは、アスリート等、凄まじい努力をしてきた人が見事なパフォーマンスで感動を生むように、純粋にそれを良しとしている、と言えるでしょう。

しかし、同時にビジネスの世界で言えば、不安を煽り消費を促す常套句でもあると思います。

 

あなたが成長したい、環境を変えたいと思っているのは純粋に自分が望んでいるからでしょうか?それとも、なんとなく、社会的にはそれが望ましいからですか?

 

後者だと、常に他者との比較に苦しむことになります。

本当に目指すべきは、「成長する」ことではなく、「幸せ」になることではないでしょうか。

それがイコールなこともあるでしょうし、そうじゃないこともあるでしょう。その辺を見極めて、自分のしたいようにすればいいと思います。

例えそれがコンフォートゾーンに留まることになったとしても、誰にも批判できないはずです。

 

終わりに

今回は、コンフォートゾーンについて思うことを書きました。

昔CMにも使われていた「がんばらなくてもいいでしょ~う」という歌が今頭の中を流れています(笑)コンフォート(心地よさ)は多ければ多いほどいいなぁ、なんて思うとり子でした。